君恋し、おもいは八千代に募るまま
アシュヴィン


一度目は偶然。 でも、二度目は偶然ではないかもしれない。 三度目は、 きっとそれは偶然じゃない。 彼女はここに来ているのだと、確信を持ち。 俺の心は珍しく痛んだ。 人のために。 「千尋。」 「あ、アシュヴィン。」 うつろな人形に命が宿ったかのような、彼女。 きっと深く考えていたんだろう。 何か、否、分かっている。 「ここに、何か用か?」 「用なんて。」 「こんなところ、普通こないだろう?」 「そう、だね。」 「まぁ、簡単にこれる場所でもないがな。」 そういって笑った俺に弱く笑う。 彼女も見透かされていることは分かっているのだろう。 そして自分自身を責めている。 「そうだね、私。」 「分かってる、探しているんだろう?」 そういった俺に、痛そうな笑顔を向ける。 こういった影のある女も嫌いではない、けれど、 なんだか嬉しいものでもない。 それが千尋だからだろうか。 「ここに、来たら、もしかしてって思っちゃって。 ほら、知ってる。って知ってるわけないか。 私の元いた世界では比良坂っていったら有名なところなの。」 「ほう。」 「昔、神話の時代、死んだ奥さんを迎えにだんなさんいくのよ。 でも、だんなさんは振り向いちゃいけないっていわれたのに振り向いて。 にげちゃうの。」 「何故?」 「腐乱死体だったらしいよ。」 「そうか。」 「私だったら振り向かないのになぁ。」 小さくこぼれた彼女のつぶやきは本気か嘘かなんて分からなかった。 「千尋、忍人の魂はここにはこないぞ。」 「ん。分かってるよ。」 そう、彼女は分かってるのだろう。でも、来てしまう。 「なんだか変なところ見せたね。」 「かまわん。」 本当にその神話が本当ならば、それすらすがりたくなるほど彼女は愛していたのだろう。 否、今も愛している。 そのことが分かって俺は静かに去った。 千尋も何も言わない。 もう少しだけ信じて待ちたいという彼女の心は、 今もまだ血を流し続け傷がいえないのだろう。

比良坂ってそうだよね。アシュは静かに話を聞いてくれそう。

Back Next