君恋し、おもいは八千代に募るまま
布都彦


どうして春などあるのだろう。 私はここ何年か同じ問いを憎憎しげに胸の中で何度も唱えた。 春に、桜に何も罪はない。 けれども、思い出させる象徴となっていて。 忍人。 なんてすばらしい武人だったろう。 なんてすばらしい生き様だったろう。 けれども、彼のような生き様を私は願っていたけれど。 いまはわかった。 そうではない。 本当に大事なのは生きることだったと。 彼にも、昔の自分にも言ってやりたい。 *** 鍛錬を終え汗をぬぐっていたとき、金色の輝く御髪を見つけた。 間違えるわけのないその姿に、私は向かう。 「姫。」 呼びかければにこりと笑顔を向けてくれる。 でも、なんだか苦しいのは、この笑顔と違い、甘いものを含んだ笑顔を 私が知ってるからだと思う。 それは永遠に失われてしまった。 五年前に。 「布都彦。」 「はい。」 「私を、桜の見えるところにつれてって。」 一瞬、無礼ながらも息を呑み、黙してしまった。 「ごめんね、つき合わせて。」 「い、いいえ!」 「終わりを、ううん、始めようって思って。」 何がなんて問わなくても分かる。 それは、姫の大きな一歩。 苦しい胸を押さえながら、精一杯返事をした。 「はい。」 歩く間、姫は無口だった。 私も。 一歩一歩、姫は何かを思い出すように、まるで階段をくだるように、 歩いていた。 まだ桜の場所についてないのに、桃色の花びらがふわりと風に舞ってくる。 「あ。」 姫が言葉を小さくもらした。 私は、少し悟って。 「姫、私はここでお待ちしています。」 そういった、私に気遣わしげに目をやりながら姫は礼を言って背を向けた。 「先に帰っていいよ。」 「は。」 「ありがとう。」 「宮でお待ちしてます。」 「うん。」 正直、不安はあった。 姫が忍人のもとに行ってしまうのではという不安。 でも、私は思ったんだ。 もしそうだとしても、姫がそう選んだなら。 姫が、そうしたいなら。 私は、待つだけ。 でも、願わくば忍人よ、姫を攫っていかないでほしい。 苦しい、悲しい事はいっぱいあるけれども。 姫には明日があって。 幸せになるのが当然だろう? 姫の背中はちらほらと散る桜の中に消えていった。

布都彦は空気のよめる人です。

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