ひみつひとつ


「姫・・・。」 呼びかけるも、愛しいく気高い彼の姫は気づかないのか走り去り。 ただ、彼のため息がその場にこぼれる。 こんな日はもう三日目だった。 「はぁ」 誰に聞かれることも考えず、布都彦はため息をつく。 「どうしたわけ?」 ため息に返事をするような声に彼は面を上げた。 「那岐。」 「ため息なんてついて、まぁ別に関係ないけど。」 関係ないといいながら声をかけてしまった彼の優しさが見え、 布都彦はかすかに微笑むと、那岐は不愉快そうに鼻をならした。 「で、どうしたの?」 「姫が。」 「千尋が?」 千尋とつむがれた愛すべき姫の真名。 恐れ多くも呼べたためしがないその名前を軽く呼ぶ那岐が少しだけうらやましく感じる。 最近のこともあって自分の心が毛羽立っていると布都彦は自嘲した。 「姫が、最近一人でお出かけなのです。」 「一人でって。最近ずっとこの村に僕らいるじゃないか?」 「そうだが・・。」 那岐のあきれた顔。 やはり自分だって過保護だとわかっている。 しかし、以前の姫はいつだって自分を呼んでくれた。 それこそ、こんな風に一箇所に滞在するときはいつだって、 やれ花畑だ、やれ細工屋さんだ、やれ夕日を見に行くと連れて行ってくれた。 それが護衛の意味でしかないこと、そうとしか考えてはいけないことは自分でも重々承知だ。 兄の二の舞には絶対なるまい。それは心に誓って、 だからこそ彼は千尋に強くたずねることができなかった。 その結果毎日部屋を飛び出る彼女に声すらかけれず見送る羽目になっているのだった。 「だったら聞けばいいじゃないか?」 至極当然の回答。 でもそれができたらこんなに悶々としてはいない、と落胆を感じる。 「そうだな。」 「どうせ、おいしい食べ物があるとかだろ?千尋は食い意地が張ってるからね。」 「そうだ、な。」 姫のことを揶揄する那岐の言葉すら聞こえないように布都彦はまた一人の思索に出てしまい、 あきれたと那岐は肩をすくめるのだった。 *** 「ただいまー。」 庭にまで聞こえる鈴が鳴るような声に悶々と一日訓練を続けた布都彦は反射的にそちら側を振り向いた。 「姫!」 「ただいま、布都彦。」 「おかえりなさいませ。」 「千尋じゃないか。」 「ただいま、那岐」 縁側に立っている那岐が顔をみせ、意地悪げに笑う。 「千尋さ、今日何処行ってたの?」 「え?」 「布都彦が気になって仕方ないって。」 自分の名前を出されて固まっている布都彦に千尋は那岐が思っていなかったことをいう。 「だ、だめ!教えない!」 ほのかにあせりながら、拒否する千尋に那岐も唖然としたが、それ以上に衝撃を布都彦は受けていた。 「と、とにかく、別に悪いことしてるわけじゃないから安心して!じゃ、着替えてくるね!」 早口でまくし立てて、去っていった千尋に声をかけることすらできず、立ちすくむ布都彦。 面倒なことが起きていると今度は那岐がため息をつくのだった。 *** 「姫は、どうして私たちに教えてくれないんだ?」 「はいはい、それもう三十回くらいきいたから。」 「那岐、どうしてなんだ。」 なきそうな顔で布都彦が嘆くこと数十回、那岐の神経もやられそうだった。 「千尋だって女の子だから知られたくないことくらい一つや二つあるって。」 「・・まさかだれかと逢引・・・。」 「それはないと思うな。」 このはた迷惑な二人に那岐は迷惑をかけられまくり、大体お互いの気持ちも気づいている。 千尋が逢引なんてこと、目の前に一番の逢引候補がいるのにありえるわけがない。 と那岐が考えるのに反して、本人はいたって真剣にその考えを深めていく。 「でも、それに口をだす権利など私たちにはないな。」 へこんでいた男がなにか吹っ切れたかのような顔でこっちをみる。 それはある意味嘆いていた子供のような彼よりも痛々しく感じて、那岐はため息をついた。 「それでいいわけ?」 「・・・姫の御心のままに。」 どうしてこの二人はこんなにも不器用なんだろう。 どう見たってお互いすきあっていることはわかるのに、どうしてそれを伝え合えないんだろう。 そしてどうして伝わらないんだろう。 あほらしい、の一言で那岐にしてはまとめてしまいたい二人だ。 「那岐、変なことを行ってすまない。鍛錬をしてくる。」 「もう夜だよ?飯は?」 「今日はいい。」 暗がりの庭へ向かっていく少年の背中に那岐はもう一度ため息をついた。 *** 「布都彦?」 明るい縁側に人影が写る。 がむしゃらに鍛錬をしていた彼はそれでも、その声に反応してそっちをみた。 きらめく髪を持つ少女に目を向ける。 「姫。」 「もう、こんな夜中まで鍛錬してるなんてだめだよ。明日があるんだから寝て?」 彼女は優しくて、でも触れがたい存在。 そして風のように自分をすり抜けて誰かと去っていくのかもしれない。 そう考えたら彼の胸は激しく痛んだ。 どのみち、抑えようとも開放しようともこの感情は痛みばかりだった。 「もう、少しだけ。」 どうせ布団はいろうとも眠れない。 ならば、と思いまた槍を振ろうと目を彼女からそらすと、背中に暖かいものが当たった。 「姫?!」 千尋は縁側から素足で地面に降りて彼の背中に飛びついた。 「なんか今日の布都彦変だよ?」 「そう、ですか?」 「うん。悩みでもあるの?」 「いいえ・・。」 「あるんだ。」 見透かす彼女の言葉だが、今は背中に張り付いているため、顔が見えない。 顔が見えなくてよかったと思う。 今自分の顔は、彼女が自分の変化に気づいてくれたことに愉悦の表情を浮かべているだろう。 なんてみっともないと思うが顔の緩みは簡単におさまらない。 「ねぇ、話してよ。」 「いいえ別に。」 「話してってば。」 「いいえなにも。」 ありません、といおうとしたときに背中をつねられた。 「私にはいえないこと?」 その声が、ひどく切なくて。そしてその言葉がまるで自分のようで。 そういえば数刻前に自分が考えたことと一緒で。 気づいたら口にしていた。 「姫が、姫が最近、どちらに向かわれてるのか気になってしかたがないのです。」 口にだすとなんて女々しいと思ったが、言ってしまったことはもう戻らない。 「え、まさかそんなことで悩んでたの?」 「そんなことではありません。私にとっては。」 「ご、ごめん。でも本当にたいしたことないんだよ?」 いわれて、でも知りたくて、頭に血が上る気がして、布都彦は反転して背中にいた彼女の顔を覗き込んだ。 「たいしたことです。」 「ふ、つひこ。」 千尋が見上げる。 その目をみるとあまやかな感情がわきあがってきて、なきそうだった。 「姫が、何をなさっているか、姫が誰と会ってるのか、知りたくてたまらないのです。」 馬鹿なことをいっている。臣下がこんなことを言って困るに決まっている。 けれども、湧き上がる感情は一度堰を切ると流れ出してしまい、とまらない。 「布都彦。・・それうれしいよ。」 「姫?」 「私のこと気にしてくれるってことでしょ?私も、同じだしね。」 「姫も?」 「そうだよ、だってさっきもなんでこんなに悩んでるんだろうっておもって知りたくてたまらなかったもん。」 千尋がふわりと笑う。 「ごめんね、心配かけちゃって。」 「いえ。」 「最近、何してるかっていうとね、その、腕輪を作っているんだ。」 「腕輪、ですか?」 「うん。いいたくなかったのは、完成してから渡してびっくりさせたかったから。」 「もちろん、ふつひこにだよ?」 「私にですか?」 「いつも守ってもらってるから、なにかあげたいなぁって思って、 そしたら村にそういうの作る職人さんがいるってきいて。教わりに行ってたの。それだけ!」 すこし照れたように言う彼女の頬は赤く、しかし彼は気づかない。その意味に。 「申し訳ございません、姫のせっかくの心意気を・・。」 「ううん、もうわかったんだ私。」 「隠して布都彦のこと悩ませるくらいなら言ったほうがいいし。だからもう秘密はなしね?」 「はい。」 「布都彦もだから!」 「はい。」 返事を元気よくしたものの、彼と彼女は同時に思った。 一番の秘密はいまだいえぬと。 いとおしいと思う気持ちをお互い伏せたまま、二人は微笑み会うのだった。 布都彦は悶々と悩んでいるのが似合う。そして途中できれそう
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