茨の剣


彼は時折自分を傷つけるようなことをする。 ひどいことを言って私を傷つけようとして。 涙をみてはそれでほっとしたような表情をする。 それは私が傷ついているって? 違う、那岐はそのあと必ず痛そうな顔をするのだ。 私以上に、きっと深い深い痛みを感じるような表情。 ちがうの、涙は悲しいわけじゃないの。 ただこぼられるだけで私の涙にそんな深い悲しみや傷なんてない。 いつしか私は那岐の前でなかなくなった。 どんなに詰めたい言葉を浴びせられても。 どんなに悲しいことを突きつけられても。 那岐があんな顔をするくらいなら我慢できると思った。 我慢できると思ったんだよ。 ずっとずっとそう思って。 涙を止めてたけれど。 唇が痛い、鉄の味が口内にじんわりとひろがる。 那岐の目は私をみてあざ笑うよう、口角は上がりまるで悪鬼のよう。 「千尋のことなんか好きじゃない。」 うん、いいのそんなこと。 私は好きだから。 「ずっとずっと恨めしく思っていたんだ。」 ごめんねずっと苦しめていて。 「お前なんか嫌いだ」 そんなの違うよ、本音じゃないでしょ。 私を遠ざけるための言葉でしょう? そう思うのに、そうわかってるのに。 もしかしてそれは信じたいだけじゃないのかって思ってしまう。 頬に一筋水玉が流れ、堰を切ったかのように流れ落ちはじめる。 一瞬那岐の顔はまたほっとしたような顔をする。 私が泣いたことに喜ぶように、安心したかのように。 そして絶望と名づけて良いくらいの表情にすぐ変わる。 痛そうに、痛そうに。 ないているのは私のなのにいたいのは那岐みたいで。 やっぱり本心じゃないとわかった。 「那岐!」 「何もいわないでくれる?今すぐ出て行かないと知らないよ。」 「でも、話がしたいの、このまま引き下がるなんて無理だよ。」 「話もしたくない、顔も見たくないんだ。消えてくれないか?」 「そんなの、うそだよ!わかるもん、私。」 那岐はひとつため息をついて何かをつぶやいた。 おそらく鬼道だろうということがわかりすぐに何が起きたか私は悟った。 「声封じたよ。」 あんなにもいとおしい顔がひどくゆがんでいる。 彼は自嘲的に笑い、私の肩をつかんだ。 「千尋が悪いんだから。」 「っ!」 答えようとしても声はでない。空気の通るような音がなるだけ。 そして首筋に何かがふれてぞくりとした。 那岐の唇だった。 「忘れたくしてあげる。」 「っ!」 唇で首筋をなぞられ、かみつかれる。 痛みとともに羞恥心で頬が熱くなる。 「二度と顔が見たくないって千尋がおもうことするから。」 一度も触れたことのなかった唇が私の唇に無遠慮に侵略してきて。 声がでないけれどものどが何度も鳴る。 何が起きてるかわからなくて、気づいたら私は壁際に追い詰められていて、 那岐の腕の中にいて。 体に触れる那岐の手が知らない人みたいで怖かった。 逃げたくて逃げようとしても囲い込まれた体は男女の差かびくともしなくて。 こんなの望んでなかった。 那岐とこんなことしたくなかった。 涙が止まらなくて、それを那岐は見ていないのか無視しているのか一身に私の体に触れてきて。 声の出ないのどで私は馬鹿みたいに、それでも馬鹿みたいに那岐を呼び続けた。 「出てきなよ。」 自らの服をまといながら那岐は冷たくそう言った。 やさしさなんてもの感じられなくて、まるで現代にいたころの昼のドラマのようだった。 どこか現実感がない私は寝台の上でうつらうつらと夢の世界へ入りかけていて。 疲れたとひとこと言いたい体のだるさだった。 「千尋。」 那岐が呼んでる、返事をしなきゃ心配してしまう。 そうおもうのに眠りは私を引きずり込む。 ずるずると引きずられながら、遠くに那岐の声を聞いた気がする。 頬にあたる冷たい水の気配を最後に私の意識はぷっつりと切れた。 **** 気がつくと私は心配げな風早の腕の中にいた。 「風早?」 「千尋!」 「那岐は?」 ぼおっとする頭で聞いた私に風早の顔が悲しそうにゆがむ。 「那岐はいません。橿原の宮にいます。」 「私は?」 「私たちはいま橿原の宮からでてきたところです。」 「那岐は?」 ぼおっとする頭はやはり事実を受け入れたくなくて、もう一度問うた。 もう半分以上わかっているのに、わかっているのに認めたくなくて。 急激にさみしくなって涙がこぼれて。 爆発したみたいに悲しくて泣き出した私に風早は何をおもったのか、 「怖かったでしょう。」 そう慰めた。何が怖いのかわからないけれど、 私はいま悲しい。 那岐がいないから。 結局私は那岐を振り向かせることもできずに、こんなところにいる。 風早の腕の中から出ようと立ち上がると体のいつもとは違うところが痛くてそして何が起きたかを思い出した。 那岐のしたことは私は許せない。 それはでも、那岐が好きだからで。 声を那岐が封じたのは私の声が聞きたくなかったからで。 私の思いも、私の願いも皆無視してただ自分が嫌いになるように祈ってるみたいだった。 声さえ出れば私は何度だって言っただろう。 那岐が好きだと。 でもそれすらも那岐は拒否した。 こうなると私の思いはいらないのかな。 嫌いだって言われて本当はすごく悲しかった。 でも那岐のこと知って嫌われても当然だとも思った。 私は恵まれてて、那岐はそれをうらんでもしようがない。 それでも私は那岐がすきなんだ。 「風早。」 「はい。」 「私、やっぱり那岐と話したい。」 決心は変わらない。私の声を出して思いを伝えたかった。 もしかして、べつにもてあそびたかっただけかもしれない。 私の貞操を奪ってあざ笑いたかっただけかもしれない。 けれども、それを知ったなら私もなにか変われるかも知れないって思った。 それを知ったら、あきらめれるかもしれないと思った。  馬鹿な私は最終通告を受けないと認められないんだ。 「橿原の宮に行くよ。」 今度こそこの声をもって。 風早はため息を一つついて聞いた。 「あのような思いをさせられても千尋は那岐が好きなんですか?」 「うん。そうだね。」 狂おしいくらい好きで。 ばかみたいに好きで。 私はどうしたらいいかわらないけども、もうこの思いは捨てられない。 「もう一度、話させてほしい。」 風早はまたいちどため息をついてわらった。 「わかりました。」 那岐のところへ忍び込んだ。 一人でぼおっとしている那岐。 ここからは二人にさせてほしくて、私はひっそりとそこに入っていった。 「那岐。」 呼ぶと、かれははっとしてこっちを見た。 「千尋。・・なんで。」 那岐の瞳は揺らいでて、驚き惑っていた。 私は、会えたことがうれしくて、なきそうだった。 「那岐の馬鹿。」 「なっ。」 「でもね、許してあげる。」 むかし、那岐は私を泣かせたときに素直に謝れなくて、ひとりで落ち込んでいて。 そんなとき私は那岐をぎゅっと抱きしめて言った。 ちょうど今みたいに。 「那岐が好きだから。」 彼は目を見開いて、私をみて動かない。 私はそんな那岐を精一杯抱きしめる。 涙がこぼれてしまって、怖かったこととか、悲しかったことが湧き上がるけど。 でもなにがあっても那岐だと私はゆるしてしまうんだ。 「好きだよ、那岐。」 「うそだ。」 「本当。すごく好きだよ。あんなことされても好き。」 「あんなにひどいことしたのに?」 「うん。那岐だったら平気。でももっと違う形が良かった。」 不器用な那岐は私に思いを伝えたことなんてなくて。 私は不安ばかりでいつも間違えてないてしまって那岐を困らせるけど。 でも私は那岐だったら許せるし、那岐だったら愛せる。 「那岐はいや?私がいたら。」 「・・千尋は馬鹿だよ。」 抱きしめた体を那岐はぎゅっと抱きしめ返してくれる。 それは苦しすぎるほど強い力だけど。 私にはうれしいことで。 「那岐、すきだよ。」 こぼれる涙を止めれないけれど今の那岐はもう自分を傷つけるようなことしないだろうと思った。 そして私の肩にも冷たいものが当たって。 「那岐?」 「え。」 那岐がびっくりしたみたいに頬に手を当てる。 それは涙にぬれていて。 「なんで。」 溜まっていたものがこぼれるように那岐の瞳からこぼれる涙はとまらない。 「我慢する必要なんてないから。那岐は溜め込みすぎなの。 もっと私のこと頼ってよ。」 そういうと那岐は乾いた笑いをした。 「はは。思っていたより千尋は強いんだね。」 「そうだよ。那岐は私を侮りすぎだよ。私、那岐のこと受け入れれるよ? 全部受け止めれるから。 だから、もう離れようなんてしないで。」 そういうと、那岐は本当に顔をくしゃっとしてないていた。 「千尋。」 那岐の手がそっと私のあごに触れて、顔を上向きにして。 やさしくやさしくそっと口付けられて。 これからも那岐はひとりで自分を傷つけようとするかもしれないけど、 私はそれをとめなきゃいけない。 那岐の剣は茨の剣で持ち主の手も傷つけるから。 私はその刃を受け止める。 だから今はこうして私の思いをすべて伝えて。 那岐に知ってほしい。 私が那岐が傷つくのがどれだけ悲しくて、苦しいかを。 そして私だって強いということを。 この腕で抱きしめぬくもりから伝わればいいと私はただただ祈るのだった。


くらくて長くてやや捏造ですいません。かんがえてたねたがやれて満足。

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