あなたの小悪魔


「布都彦!」 「はい。」 「散歩しよう?」 「かしこまりました。」 いつもの景色、もはや、姫といえば、影のように寄りそう寵臣である布都彦という最近。 けれども、彼にとっては以前と違うことが少しあった。 「はい。」 天鳥船を出たあたりで、姫はくるりと振り向いた。 そしてにこにこと純粋そうな瞳で、喜色満面で差し出された、ほそっそりとした手。 当然、これが何かをねだる手ではないというのは彼にはすぐに分かる。 しかし、ある意味でねだっているということも分かる。 「姫。」 「ん、はやくはやく。」 にっこりもう一度わらった彼女の手に、彼は自分の手を重ねる。 ひんやりとした細い指先が、その手をからめとり、あっというまに指が交差する。 まるで思いあっている恋人のようだ、そんなことを考えて自制する彼の心知らず、 彼女はいっそうご機嫌で歩き出す。 彼女は知らない、自分の心がどれだけ高鳴っているのか、 どれだけ暖かくなり、高まるのか。 無邪気な姫が何を考えているのかは知らないが、 人の温かみを求めているのかもしれない。 姫は違う世界からやってきてお寂しいのかもしれない。 そうやって、ややこしい理由付けして、なるたけ暖かさを持ち出したその手を考えないようにして。 「布都彦。聞いてる?」 はっと、意識を戻した彼の目の前には、あと少しというところに彼女の顔が合った。 まつげの一本すら見えるようなその距離。 少し動けば触れるくらいの距離に、彼は手を離し、後ろにすごい速さで後ずさった。 「ひ、ひめ!」 「なに?」 にっこり。 最近の姫はどうも純粋、よりもいたずらでもしているような顔をする。 もしかしてこの笑顔、純粋無垢というよりもたくらみ顔じゃないかと思い出した。 彼は那岐に聞いたら、「いまさら気づいたのか?」とあきれられそうなことを考えた。 「距離が、ち、近いです。」 「そう?」 またにっこり。 自分はこの笑顔になにも言えない。 なんせ、まぶしすぎて。 「布都彦、はい。」 そうして、後ずさった彼に彼女はまた手を差し出す。 彼は、抗うことなく、手を差し出し、また絡められる指。 「姫、その、手をつなぐのは。」 「やだ?」 「いえ、しかし。」 「私は布都彦に触れてたいの。だめ?」 すこしだけ、見上げられたその顔にだめなど言えるわけなどない。 むしろ永遠に・・なんて思う自分をまた自制する。 「じゃあ、これは?」 そういって、腕を組まれる。きょりはいっそう近づいて。 まるで、思いを交し合ったかのようなそのしぐさ。 耐え切れなかった、最近のこの姫のいたずら。 「姫!」 「なに?」 「最近の姫は何をお考えなんですか?」 「何だと思う?」 にっこり、また笑う。 でも、やっぱりいたずらげで自分はからかわれてるのではないかとすら思う。 「分かりません。しかし、私とて、っ・・。」 私とて、男です。そういおうとした自分にふと気づき、口を噤む。 一番信頼されるべき家臣が何を言おうとしているのか。 自分が信じれなかった。 「私とてなに?」 「いえ。」 「そこが私は聞きたいの。」 「しかし。」 「ううん、聞かなくてもいい。布都彦。」 「はい。」 「私分かっててやってるからね」 「はい?」 一寸、や、二寸以上、思考停止した彼の目の前にはまるでいたずらげな少女がいた。 こんどこそ分かったこれは確信犯ないたずら顔笑顔だと。 「布都彦はごちゃごちゃ考えるでしょ? でも、私は、そんなの知ってても諦められないから。 だから、私、布都彦の理性なんて壊してやるから。」 にっこり、またあの笑顔で。 彼は何も言えなくて。 頬に触れられて、 口付けられて。 「ひひひめ?!」 「逃げるなんて許さないから。」 そういった姫の顔は、かつて無く、子供のように楽しそうだった。
たまには明るく、積極的な千尋ちゃんも。
某曲の「理性なんて押し倒して!」が頭から離れなくて(笑)
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