浸透


雪がはらりとふり、先輩はマフラーに顔をうずめなおした。 寒さが彼のように車移動の人には辛いんだろう。 なんて失礼なことを考えながら私も真似するようにマフラーに顔をうずめる。 先輩の髪の色と同じきれいな藤色のマフラーは私のお気に入りだ。 なんで、こんな寒い日に森林公園なんてにと文句を言わない先輩は丸くなったなぁと思う。 前を行く先輩は雪を少し手に乗せて溶かす。 「寒いはずだな、雪だ。」 「そうですね。」 掌に乗った雪は先輩の熱ですぐさま溶けていく。 「どこか喫茶店にでも入るか?」 「はい。」 雪もきれいだけど風邪を引かせてはいけない。 そう思って返事をする。 引き返す方向に向いた先輩は私の手をつかむ。 「いくぞ。」 さっき雪はきれいに解けていっていたはずなのに、掌は思った以上に冷たくて、 氷をぶつけられたみたいだった。 私は体温が暖かいほうだからこそ、そう感じたのか、それとも雪に体温を下げられたのか。 そんなことを私が考える余裕なんてなくて。 ただつながれた手がうれしくなって舞い上がっていた。 「どうした、行かないのか?」 動かない私に手がぴんと伸びる。 痛みはないけれど引っ張られた手。 「いいえいきます。いきます。」 気づかれたくなかった。 ただ手をつながれただけで頬が熱くなるくらいうれしいなんて。 涙が出るくらい幸せだなんて。 最近は刻一刻と卒業という思いテーマが近づいているせいか私はセンチメンタル。 せっかくの楽しい時間をぶち壊しそうなくらい泣きたくなったりする。 別に卒業したって先輩が変わるわけじゃないのに。 でも、大学生と高校生という名称の違いはとても大きく感じて。 なにか見えない大きな壁のようなものがあるように感じられる。 きっと私が中学から高校へ入って思ったよりもなにも変化がなかったように 本当はなにもないのかもしれないのに。 杞憂だとわかっていても寂しさとか不安は取り除けなかった。 「卒業しても、ここにまたつれてきてくれますか?」 気づいたら不安は言葉になっていて。 振り向いた先輩はじっと私を見つめていて。 「そんなことを考えていたのか?」 こういうときに、先輩がすぐに答えてくれないのは意地悪だと思う。 答え以外聞きたくないって思う私に焦らすように瞳の奥を探るように先輩は私を見る。 きれいな顔に見られると悪いことをしていないのに悪いことをしているみたいな気分。 「お前は相変わらずだな。」 一つ、ため息。 それは嘲笑のようで、悔しくて。 一人だけ大人になろうとする余裕のようで悔しかった。 「どうせ私は子供ですよ。」 「子供、というより馬鹿だな。」 「なっ。もういいです!」 「香穂。」 急に真剣な声で名を呼ばれ、私は振り向いた。 「何度言ったらわかるんだ、記憶できないのか?」 「だから何がですか。」 「俺はお前を離さない、だから不安がるなよ。」 すべてお見通しのようなその言葉だけど、いつものような意地悪なからかいの表情はない。 真剣で、丁寧に私に信じ込ませようとするかのような誠実な言葉。 目の前がちかちかするような気がした。 私という紙に先輩という水が染みて広がるように、丁寧に染み入らせるように。 思いが水だというならば、私はからからの紙で。 「風邪をひくと困るから、行くぞ。」 二三度私の頭をぽんぽんとたたき先輩は今度はちょっと強めに私を引いた。 ほうけている私なんて知らないみたいに。 「先輩。」 「なんだ?」 「大好きですよ。」 背中の先輩が何を考えるのか私にはわからない。 意外と照れてるのかもしれないし、意地悪そうな顔で笑っているのかもしれない。 「知っている。」 ただその一言だけで、私はまたじわりと染み入る思いを感じた。




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