うでのなか


先輩先輩、先輩! 何度呼んでも答えは無くて、先輩は悲しそうな表情で私を見ている。 それはすべてをあきらめきっている表情で、すべてを決めた表情で、 運命という言葉にのしかかられ、それを受け入れるしかなかった悲しい定め。 先輩、でも違う未来だってあるはず、先輩が死ななくてもいいはず。 先輩がいない未来なんて私いらない、何百人の命がかかってても私には先輩の方が大事。 たくさん言いたいことがあるのに声は出なくて、 涙がぼろぼろとこぼれるばかり。 役立たずな自分を再確認するように、何度も声を出そうにもでない。 先輩は離れていく。私は見ているしかできなくて。 もう一度先輩と呼んだ。 その声は、響いて私はその自分の声で目覚めた。 「あ。」 それが夢であったのは今目の前に見える天井でわかる。 ここは私の部屋。 鬼斬丸の悲劇は終わった。 そして、床には布団が一つ。 こんもりと盛り上がりかすかに呼吸にわたせて布団が上下してて。 その中にはさっきまであきらめきった表情で去っていく先輩が寝ている。 そう、あれは過去の夢。 今はこうして、ふたり普通の恋人とたがわない生活を送っている。 それはわかるのに不安になり私の布団をでて先輩を覗き込んだ。 先輩は年よりもさらに幼く見える寝顔で幸せそうに寝ていて、 呼吸は静かにけれども規則的にこぼれていて。 私は安心してため息を一つついた。 布団に戻ろうとした私の体が急に抱きしめられて。 「なんだ、夜這いか?」 すこしかすれた、寝起きの先輩の声がして、その声はからかいにあふれていた。 「ち、違います!」 そう言った私を笑いながら抱きしめてくれて、その指が私のほほに触れる。 「泣きながら夜這いとはよっぽど切羽詰っているな!」 本当は先輩もわかってるはずなのにそうやって冗談を言ってくれて、 何で泣いたなんて聞かない先輩はやっぱりやさしくて。 私は暗くなった気持ちが浮上するのを感じた。 「えいっ。」 先輩の着ていたシャツの肩に涙をこすりつけるとげっと先輩が声を上げる。 「つめてーな!」 それでもその声は優しくて。私は抱きしめてくれてる体を抱きしめ返した。 「一緒にねるか?」 「はい。」 何も聞かずに先輩は私を布団に入れてくれて、もう一度きつく抱きしめてくれる。 「ありがとうございます。」 それは、生きていてくれて、あの悲劇を乗り越えてここにいてくれることにでもあったし、 こうやって優しく受け止めてくれることにでもあった。 先輩は照れるような気配をさせながらそれをふりはらうように腕にまた力を入れた。 「おやすみ。」 そういって寝ようとする先輩の腕の中では私ももうあんな悪夢見ないですみそうで。 またふわりと眠気が襲ってきて、意識がぼんやりしてきた。 大丈夫この腕の中にいれば。 私はその腕に体を預けるように夢の中へ入っていった。 ------------------------------ 「きゃーーーーーーーーー!!!」 朝、私は悲鳴で目が覚めた。女の子の絹を引き裂くような悲鳴。 それは聞いたことのある声で、そう、美鶴ちゃんの悲鳴だ。 「どうしたの!?」 びっくりして、目が覚めてがばっと起き上がり見れば私をみて、驚愕の表情を浮かべる美鶴ちゃん。 というより、私たち、をみて。 「あとりさん!!!婚前にこのような、このような不潔な!!」 はっとみれば、私と先輩は同じ布団の中で、先輩は寝起きが悪いのかぼうっと美鶴ちゃんを見ている。 「あ?」 「あ、じゃありません!!だから私は同じ部屋にお泊めするのは嫌だったんです!!」 そういって、先輩が家に一週間出入り禁止になるまであと少し。




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