恋なんて愛なんてわからない


考えてほしい。 そう言われた時、何かが失われもう永遠に戻れない瞬間に来てしまった気がした。 風船がはじけたように、私たちは何かが変わってしまった。 おそろしい、一歩を踏み出したようで。 私はあいまいに微笑んで、その場を去った。 ギルがどんな顔をしてたかなんて、まったく思い出せない。 *************** ギルと私はとても仲の良い友達だった。 私の毎日の楽しみはギルに会いに行くことで、ギルに話すことで。 今思えばギルはいつだって私の話を一言一句逃さず聞いてくれた。 牧場のこと、作物のこと、町の人たちの噂。 どうでもいいことから、悩みまですべてきいて、どこか呆れたポーズなのに、 いつだってあいずちを打って答えをくれた。 そんなギルを私は好きだったし、尊敬していた。 ギルの信念のゆるぎないところが私は好きだった。 でもそれは、恋愛感情なのかと聞かれると難しくて。 いや、あまりに恋愛ということに慣れていなくてそれが何なのか私はわからなかった。 確かに、みんなは好きだとか、そういう話を聞く。 女の子が集まれば恋の話に花が咲く。 でも、こと自分がするとなると別で。 ギルから告白を受けたとき、私は固まってしまったのだった。 ただただ怖いとしか感じなかった。 だって私は今のままでいい、それでいいのに。 自分を女性として見ていたギルが少し怖くなった。 この居心地のよい関係が崩れるのが怖くて。怖くて。 そんなことを考えていたら、ギルに会いに行けなくなった。 どうしてか会ってはいけない気がして。 でも、ストレスはたまるばかりで、 まえよりももっともっと彼のことを考える時間が多くなっていて。 あいたい、そう思うようになっていた。 ****** 「ギル」 その名をずっと最近考えていたのに、呼ぶのは久しぶりで。 呼びかけに答えた顔をみた瞬間、胸が飛び上がる気がした。 いつもとは違うこわばった顔に、不安を感じる。 追いつめられたような、戻れないような不安。 私は呼びかけた癖に、何も言えなくて、立ち尽くして、先に口を開いたのはギルだった。 「久々だな。」 ぎくしゃくした言葉はさらに、私から言葉を奪って。 何を言ったらいいのかわからなくて、戸惑う。 「こないだは、困らせて悪かった。」 ギルはそういうと、苦しそうな苦笑いをした。 あ、こんな顔見たくなかったと胸が痛い。 「忘れてくれてかまわない。だから、さけないでくれないか?」 「さけてなんてないよ。」 嘘をつく必要なんてないのに、私はなぜかついてしまって。 そんな私にギルはため息を小さくついた。 「こんな風になるなら、言わなければよかったな。」 またギルは苦しそうな顔で言った。 そのたびに私は強烈な悲しさを感じる。 気づいたら涙をこぼしていて。でもなくところじゃないと思って、手に力を入れた。 「ああ、泣くな。悪かったから。」 「ごめん。」 「もう二度と言わないから。」 そう言って、ギルはハンカチを渡した。 「しばらく会わないようにするから。」 そう言って、ギルは微笑んだ。とはいっても困ったように、悲しそうにだけど。 「それはいや!!」 気づいたら私はすぐさまそう叫んでいて。 ギルはその声の大きさにびっくりしていた。 「私、考えたの。でもわからないの。」 ギルは静かに私の話を聞いてる。 「ギルと一緒にいると嬉しいし、楽しい。けど恋なんてわからなくて。 不安なの、怖くて、なんか変わっちゃうかもって思うと。」 涙はこぼれたまま、話もまとまらない。 「でも、ギルと一緒にいたいよ。ギルがいなくなるのは嫌だし、一番一緒にいたいの。 これって恋なの??」 そう告げると、ギルはまんまるにしていた目を、そらし始め、目じりが赤くなる。 「アカリ、そう思うのか?」 「うん。言葉とか、意味とかわからないけど、私はだれよりもギルといたいの。」 「本当に?」 「本当だよ。」 だからいかないで、言葉にできないけど私はギルの服の端をぎゅっと握った。 ギルははじかれたように、急に私を抱きしめてきた。 私は一瞬体が強張ったものの、すぐに暖かさにこころがジワリと染まった。 「ギル。」 「いやか?」 「ううん。」 ギルは優しく抱きしめていた腕に力を込める。 「今は、よくわからないままでいい。」 「でも、私。」 「わからないなら、そのままでいい。ただアカリの中に僕の存在があるならそれでいい。」 そういった、ギルの顔を見ることは出来なかったけど。 この暖かいぬくもりは確実に私に幸福感をもたらしてきて。 ああ、好きなのかも。 私がこの思いに名前を付けるのはもうすぐかもしれない。
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