君の好きな人
チハヤの心なんて誰にもわかんない
ましては私は今チハヤしか見えないんだから、わかるわけないんだ。
でも、遠目からみて私の勘はあたりだと思う。
だから、今私はドアを静かに閉めた。
音すら残さず。
***
あれから三日、私はキルシュ亭に一度も行ってない。
皆不審におもうだろう。わかるけどいきたいと思わない。
単純なことだって思う。
けど、私だって年頃だもの、そんな簡単なわけない。
今日だって、結局自分の牧場の敷地から一歩も出ることなく、収穫のためとか自分に言い訳してる。
真っ赤に実ったトマト。
ギルが喜びそうだな。
そんな風におもって、私はトマトジュースを作った。
久々に町に出よう。
これじゃひきこもりだもの。
役場につけば、ギルは相変わらずクールに仕事をこなしてた。
声をかけるとちょっと厄介そうな顔をされた。
「相変わらずだね、ギルは。」
「どういう意味だ?」
「今日は、うちの牧場でトマトがたくさん取れたから、トマトジュース持ってきたんだけど、
一緒に外で休憩がてら飲まない?」
そういった私に、先ほどの顔はなんだったんだ、ってくらい彼の顔が明るくなって。
意外と現金なやつ。
私はそう思った。
「で、何か悩み事か相談か?」
「別にー、なにそれ、私がギルに親切でトマトジュース作っちゃだめなわけ?」
「だめではない、けど、うわさをきいてるからな。」
「みんなわかるのかな。」
「そりゃああれだけはっきりしてたら僕でもわかる。」
「ギルったら自分が鈍いことわかってるんだ。」
そういったらギルは私をにらみつけた。
「チハヤが最近非常に不機嫌らしいぞ。」
思わず私はトマトジュースを噴出した。
「わ、わたしのことじゃないの?」
「ああ、アカリじゃなくてチハヤのうわさだ。」
「それって私に関係ないじゃん。」
そういった、私にギルは肩をすくめた。
「やれやれ、鈍いのは誰なんだか。」
「私だって言うの?でもそれは違うもの。」
暗くなんてなりたくない。
でも、このことにかんすると私女の子そのものになっちゃって。
「じゃあ、なんでチハヤは不機嫌なんだ?」
「そんなの、料理がうまくいかないとかじゃないの?」
「三日前から?」
黙りこくる私、でも期待なんてさせないでほしい。
だって、チハヤはあんな笑顔で笑ってたじゃない。
私には見せない顔で。
「きっと、関係ないよ。」
「アカリ。」
「なに?」
「ぐだぐだ悩んで暗くなるくらいなら、本人に聞けばいいじゃないか?」
ギルはきっぱりそう言った。
こういうところ、男の子だと思う。
そんなに簡単じゃないんだよ。
私だって女の子なんだよ。
「無理だよ。」
「じゃあ、もう考えるな。今は牧場だって大変な時期なんだしな。」
「ギルはいいな。そうやって割り切れて。」
「僕にはよっぽどきみたちのほうがうらやましいけどな。」
「え?」
「いや、所詮隣の芝生か。なんでもない。」
ギルはそれ以上話すつもりはないみたいで、ジュースを飲み干して、去っていった。
私の手には赤い跡のついたコップが二つ。
悩みが深まった気がして、肩を落としてかえろうとしたら、悩みの種が歩いてくるのに気づいた。
チハヤが、こっちにきている。
いや、でもまだ見つかったわけじゃないかも。
そう思っていたのは一瞬で、彼は確実に私に一直線に向かっている。
怖い顔で。
「チ、ハヤ!久しぶり!!」
不自然な挨拶にチハヤは不機嫌を隠さない。
声すら出さないで私をにらんでる。
「私、じゃあ、仕事があるから!」
なんだか怖くなって、私はその場を退散しようとしたのに、私の腕はつかまれて、逃げれない。
「アカリ。」
腕を後ろにつかまれてるから彼の顔はわからない。
けれども、声は怖くて。
恐怖じゃない、ただいろんな不安が感じられる怖さ。
「チハヤ、離して。」
「やだね。」
チハヤは離さない、でもしゃべらない。
仕方ないから、私は振り向いた。
やっぱり怖い顔をしたチハヤがいた。
でもさ、確かにこの態度は不思議だけど、
逆を返せば好きな子にこんな態度とらないんじゃないかな。
不安と期待があいまって、ぐちゃぐちゃな私。
「なんで、こないわけ?」
地の底から響くような低い声に私は息をのんだ。
「え、と、牧場がいそがしくて。」
「うそつかないで。」
お見通し、即座にそんな答えが返ってきて。
うそ、突き通せない。
気まずい間が空いて。
「ベンチ座ろう。」
チハヤは私にそう促した。
日差しが隠れるベンチは今絶好のリラクゼーションポイント。
でも今日の今この瞬間の私にはそんなこと深く考えれない。
チハヤは何も言わない。
私もなにもいえない。
話題を探すけど、なんだかどの話題もこの場に合わない気がして。
なにもいえない。
無言は息苦しくて。
窒息しそう。
先に口を開いたのはチハヤだった。
「何でこないの?」
同じ質問、でも、チハヤが真実を知りたがってもう一度聞いたのはわかった。
けど、私は素直に答えれない。
だって、あなたに会うのが悲しすぎて。
それは何で、ってなったら私の気持ちばれちゃうじゃない。
だから私はだまった。
「何で?」
チハヤは、もう一度、またもう一度聞いた。
今度は少し小さくなっていて。
私は彼の顔を見た。
そこには怒っている顔じゃなくて、さびしそうな彼の顔があった。
「私、チハヤに会うのがこわくて。」
もう、うそつけないって思って、私は本当のこといった。
「怖い?」
「うん。」
チハヤは不思議そうな顔をしている。
やっぱり言わなくちゃいけないのかな。
でも、もう言ってしまおうかな。
こんな私の個人的な気持ちで彼を傷つけたくないって思った。
「チハヤが、あんまりにもマイにきれいな笑顔向けるから私、見たくなかったの。」
言葉にすれば陳腐な言葉。
加えて、浅はかで、馬鹿らしい。
そんなのでもわかってたよ。
私は馬鹿だ。
でも、感情と理性は違うんだよ。
「それだけ?」
「それだけだけど、悪い?」
「僕がマイに?」
「そうだよ!」
あまりにくだらないっていう雰囲気の彼に今度は私がいらだった。
「馬鹿だって思ってるでしょ。もういいよ!」
恥ずかしさと、馬鹿らしさで私は立ち上がった。
今すぐこの場を立ち去りたくて。
もう顔なんて見たくなかった。
なのに、チハヤは笑ってた。
「あはは。」
「チハヤ?!」
馬鹿にされてるのかと思って、怒ろうとした私にチハヤは笑顔で言った。
「馬鹿だなんて思ってないよ。いや思ってるかな。」
「なっ。」
「でも、それ以上に、かわいいって思ってる。」
チハヤのスミレ色の瞳が私に注がれる。
一瞬言われたことがわからなくて、
この笑顔の意味がわからなくて。
次の瞬間頭に血が全部上る気がした。
「なっ、にいってるの?」
「だから、そんな風に考えてたなんて、意外とアカリにもかわいいとこあるじゃないか。」
意外とってなに、かわいいって?
脳みそがちゃんと働かない。
でもそんな私をみてチハヤはいつになくうれしそうだ。
さっきまであんなに怖かったのに。
「でも、アカリはわかってなさすぎでしょ。」
「なにが?」
「アカリは僕がマイが好きだとでも思ったんでしょ?」
「うん。」
「僕はアカリしか見てないけど?」
「そんなの!わかんないよ!」
「だって、恋すると悔しいって言ったじゃん?」
「な、だってあのとき、誰になんて言わないじゃない!」
言い返した私に、チハヤはもっと楽しそうに笑った。
「アカリ鈍すぎでしょ。どう考えてもアカリしかいないじゃないか。」
「いっぱいいるじゃない。」
「言わなきゃわかんないかなぁ。じゃあちゃんと聞いて。」
「う、うん。」
「僕はアカリしか見てないよ。」
あんまりにも急展開なことについてけなくて、後から考えたら私は恥ずかしくなるだろうけど、
思わずこうかえしていた。
「それってどういういみ?」
そう言った私にチハヤは少しため息をつきながら、今度は耳元でささやいた。
「アカリが好きってこと。」
耳もとで鐘がなるようなくらい衝撃をうけて。
私の試行回路が復帰するまで、
まだまだかかりそう。
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