GOOD BY MY LONELINESS V
アカリがうちに来なくなった。
別れた後、もちろん来なくなった。
それは仕方ないこと、そう思いながらも、僕は苦しかった。
でも彼女はもう一度きた。
大好きな彼女の笑顔を見せて。変わらないやさしい彼女のままで。
それをみたらもうなんでもいいかもと思ってしまい、
毎日アカリが来ることが、それだけが楽しみになってしまった。
この関係で良い気がした。
アカリがいるならこれでいい。
アカリがいればこれでいい。
でも、彼女は来なくなった。急にぱったりと。
当然だ僕たちは別れているのだから。
それなのにこんなに悲しいのは急に来なくなったから。
頭で理解できても、気持ちは簡単に理解できない。
僕からその手をはなしたのに。
僕から終わりを告げたのに。
どうしょうもなくいま僕は生きることさえいらないと思っている。
こんなアカリのいない人生続かなければいいのに。
毎日そう祈る日々ばかりが続いて、僕は終わりを待っていた。
***********
夜も更けて寝ようかとアカリが準備を始めたとき、
ドアが叩かれた。
こんな時間に来る人がいるなんて、少し体をこわばらせて、ドアに向かえば、小さな声が聞こえた。
「アカリ。」
そう呼ぶ声は間違えもない、チハヤの声で、数日ぶりに聞く彼の声に胸が高鳴るのを感じて。
でもドアを開けることが怖くなってしまった。
「アカリいないの?」
「チハヤ?」
「うん。」
返事が来る。ドアは開けれない。だって開けたらまたあの苦しみが胸を締め付けるから。
もう会わないって決意したのに、でも会って彼の顔を見たいとも思ってしまう。
本当に本当に恋なんてもう二度としたくないと思うくらい、苦しい。
「アカリ。」
「どうしたのチハヤ?」
「開けてくれないの?」
「ごめん、会いたくないの」
そう答えれば、しばらく声が消えて。
チハヤは帰ったのだろうか。
冷たい女だと思ったのか、でもそうでもしないと私は自分を支えれなかった。
これでいいんだ、第一チハヤはなんでうちを訪ねてきたのか。
そんなことを思って、ドアによっかかれば小さな音がする。
すすり泣くような、そして、水の音。
「チハヤ?」
「ごめん。」
「チハヤ?」
どうしても気になってドアを開ければ、彼は泣いていた。
どうして泣くのか全然わからなくて、聞こうとした瞬間に抱きしめられていた。
「アカリ。」
「チハヤ酔ってるの?」
「ごめん。」
ほんのりとかおる香りはお酒の香り。
そうだ、彼は酔ってるから、ぼんやりとうちに来てしまったんだ。
感違いをしている、昔の気持ちに戻ってるのだろうか?
こんな風に抱きしめられるのはいつ振りだろう。
偽りの感情であると知ってても、ただの酒の見せる幻想だとしても、嬉しいと感じてしまう自分が嫌だった。
でもこころは舞い上がってる。
ぎゅうと込められた腕にどれだけ私が抱かれたかったか彼は知らないのだろうか。
なんて残酷だ。
「アカリ。」
「どうして、チハヤがなくの?」
「アカリ、君が好きだ。」
「そんなの、酔ってるからでしょ。」
「ちがう、好きだ、どうしょうもなく、怖いくらいに。」
「誰かと間違えてるの?」
「違う!」
チハヤはさらに強く抱きしめ、名前を呼ぶ。
「アカリ。」
その声には強く強く思いがこもっていて、酔っているにしても、本当に愛されてるように錯覚してしまいそうで。
「チハヤ、だれを思ってるの。」
「アカリ、君以外にだれがいるのさ。」
そう言いながらも、チハヤはぽろぽろと涙をこぼしていて。
その涙を指でぬぐう。
「なら、どうして別れるって言ったの?」
酔っ払い相手にこんなこときいても意味のないことだと分っている。
けれどもどうしても聞かないわけにいかなくて、震える声でアカリは聞いた。
「怖くて。」
「怖い?」
「アカリが、好きになればなるほど、いなくなったらどうしようと思って。」
「私、いなくならないよ?」
「わからないじゃないか!愛情なんて永遠じゃない。親ですら子供を捨てるんだから!!」
泣きながらそう言った、チハヤにアカリは見えてきたチハヤの本心に力がぬけ、足ががくがくするのを感じた。
それでもチハヤがきつく抱きしめているから、しゃがみこむことはない。
酔っ払いのたわごとだと言うには、アカリにとって忘れられない言葉だった。
「私は、いなくならないよ。チハヤ、ねえ私はずっとそばにいるよ。」
抱きしめられているのに、必死で手を伸ばして、抱きしめ返す。
これが本心ならばなんて悲しい人だ。
「そんなの、無理じゃないか。」
「むりじゃないよ、私、どうしょうもなくチハヤが好きなの。ねえ、お願い、チハヤが私のことを好きならば。」
「好きだ。」
「別れるなんて言わないで。そばに入れればいいの、でもやっぱり私あなたの一番でいたい。」
「アカリ」
何をいっているのかわからないくらい彼女は懇願していた。
どうしたら彼に伝わるだろうか。
このどうしようもなく胸に傷を抱えている人に。
「ねえ、大好きよ、チハヤ。別れてからくるしくて苦しくて、チハヤは違うの?」
「苦しかった。」
「一緒にいても確かに苦しかったり怖かったりするけど、一緒にいなくても苦しいの。
だったら一緒にいたほうがいいよ、だって幸せなこともいっぱいあるから。」
「そう・・だね。」
もう一度チハヤをきつく抱きしめる。絶対にもう離さない。
私は馬鹿だった。こんなにもいとしい人を離すなんてできるわけないのに。できないのに。
もう迷わない。
チハヤはゆっくりとアカリを見上げる。
「ごめんアカリ。」
「謝らないで、でももう二度と別れるなんて言わないで。」
「二度と、言わない。」
チハヤはすがりつくように私に抱きつく。
私は思いを伝えるようにぐっと抱きしめて。
気付いたら、唇をその額へ、頬へ、唇へ重ねていて。
離れていた時間を埋めるように口づけを交わした。
それは、決意であって誓いでもあって。
「朝が来ても嘘だったとか、酔ったせいだとかなんてなしよ?」
アカリがそっと、濡れた瞳をいたずらげに輝かせながらそう言えば、チハヤは
「大丈夫、寝かせるつもりなんてないからね。」
さらにいたずらな瞳を輝かせるのだった。
さよなら、ぼくの孤独よ。
この手さえ離さなければ、もう僕は君に出会うことはないだろう。
GOOD BY MY LONELINESS
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